2017年5月27日土曜日

平成日本紀行(182)出雲 「日本人と藁」







 平成日本紀行(182)出雲 「日本人と藁」   、





 https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/ea/Izumooyashiro89.JPG/800px-Izumooyashiro89.JPG
出雲大社の注連縄




引き続き、注連縄に絡んだ「藁」(わら)について・・、

序ながら、昨今、都会では「」を見かけなくなったが、それでもお正月になると注連飾りなどで、藁に接する機会がある。 

注連縄を作るために、農家では秋の収穫の時に茎の長い青い藁を蓄えておくという。 
藁(わら)とは稲の米をとったあとに残る葉や茎の部分の乾燥したものを言い、古来より、藁は日本人の衣食住の全てを、その温もりで包んできた。 

その水田や藁葺(わらぶき)屋根は、安らぎを感じる日本の原風景でもあろう。 
藁葺屋根をはじめとして、日本全土で受け継がれてきた藁細工には草履(ぞうり)、草鞋(わらじ)、俵(たわら)、蓑(みの)、雪長靴 お櫃(ひつ)などの各種保温材、そして藁人形など様々な種類があり、それらは地域によっても形が異なるが。


鰹(かつお)どころ土佐では、タタキ造りに [藁焼き] が一番とされ、藁は火力が強く、しかも藁の燃える時の香りはより一層、鰹の風味を引き立たるという。

藁は筒状で中が空洞になっているので燃え易く、藁の強い炎は鮮度のよさを示す「鰹の肉色」を損なう事無く、表面のみを瞬時に焼き上げ、藁が燃える時に発する「けむり」や「におい」には、魚の脂の酸化を防止し、尚且つ、殺菌効果のある成分「フェノール類」が含まれているという。 

又、茹でた大豆を藁づとに包み、藁についている納豆菌で自然発酵させたものが納豆である。 
最近でも季節になると報じられて見られるのが、風物詩ともいえる金沢・「兼六園」の藁縄による雪釣りの風景である。 
芯柱と呼ばれる棒を立てて、縄を渡す「りんご吊り」というらしい、芯柱は高いもので16mにも及ぶと言う。


藁は、我々現代人が考えている以上に強いといい、湿れば伸び、乾くと縮む性質がある。 
この性質を上手に利用したのが藁で編んだ「」である、縄で物を縛る時(祭屋台など・・)、湿らして縛ると後に乾く時にきつく締まるのである。 

藁といえば幼少だった頃、故郷田舎で牛舎の藁小屋で、藁まみれになって遊んだのを思い出す。
日本人と藁は、今でも切っても切れない関係に有るのである。


藁は単に米をとった後の残り物などではない・・、! 
燃料であり、様々な生活の道具を作る素材であり、新たに息を吹き込まれるべきものである。 
今、日本人の生活からどんどん失われようとしているものが多数あるようで、藁文化もその一つであろう。 
先人達の暮らしを知って、それらを残し、更に回帰・復古的にも行使、実施してゆくことは、環境問題にも一役かうかもしれない。

最近では藁が貴重なものとして取扱われる傾向にあるという。
特に、或る研究機関は「バイオマスエタノール」(バイオマスとは生物から発生できるエネルギー量で、これをエタノールに変換し、内燃機関の燃料としての利用)の製造実験も発表されている


ところで、都会では米が白い状態のまま田んぼに出来ると思っている子供達がいるという。
そして、米のとぎ方も知らない若い母親もいるという。
冗談のようで何とも切なく悲しいな話である。 

故郷は遠きにありて思うもの」も結構だが、米のできる日本の田舎、田園、故郷、古里をもっと知らなければならない。


次回は、「出雲大社・社殿


2017年5月26日金曜日

平成日本紀行(182)出雲 「出雲大社」 




 平成日本紀行(182)出雲 「出雲大社」   、






 https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/1c/Haiden_of_Izumo-taisha-1.JPG/1024px-Haiden_of_Izumo-taisha-1.JPG
出雲大社の神楽殿を飾る日本一の「大注連縄」





先ず、出雲大社の日本一の大注連縄について・・、

午前6時を回った頃の早朝、国道9から国道431にて大社方面へ向かった。
国道は、それなりであったが大社の町は未だ朝の静けさの中であった。 

歴史を感じる古い家並みへ入ると、国道は急に狭くなってきて、老舗とおぼしき旅館なども目に入る。 右横に大きな駐車場があったが、早朝であまり人の気配が無いので、おもいっきり車を奥まで進めてみた。

左に祖霊社(信徒祖霊を祀る、法事なども行う仏寺院のようなもの・・?)と言われる社宮の参道が延びていて、右側には大社殿に一番近いと思われる門前横丁の商店街が並んでいる。 広い通りのお土産物商店街は、無論未だシャッターが下りていて、こちらの外れの方に車を置かせてもらった。


この辺りは大社本殿の西側に位置しているようで、正面にはすでに「神楽殿」の一際大きな社殿が鎮座している。 
表面には出雲大社特有の大きな注連縄(しめなわ)が配されて人目をひく。 

長さ13メートル、胴回り9メートル、重さは3トンにもなるという圧倒的な量感に驚かされる。 この大注連縄は、「国引き神話」の出雲を象徴しているともいう。(国引き神話については後述)

下向きの三個の末広がりの注連下がりには、よく見ると、あちこちに硬貨が突き刺さっている、誰が言い出したのか、うまく刺さると願い事が叶うと言われるが・・?。

神楽殿は本殿と同じように朝夕のお祭りの他、時に応じて御神楽や御祈祷が奉仕される。
全国には出雲大社の分社、支社、講社や教会が各所にあるが、それらに属する人々が揃って本社へお参りすることを「おくにがえり」と言い、ここ神楽殿でそのお祭りが奉仕されているという。 

出雲では祭事を行い献納することを「奉仕」と称しているらしく、祭事は8月6日~10日、「おくにがえり」の神事として執り行われるという。



「注連飾り」について・・

出雲大社・神楽殿の大注連縄(おおしめなわ)は日本一の大きさを誇るという。 
その長さといい、重量といい他の神社を圧倒しているが、その何よりの違いは、撚り(ねじり)が左綯い(ひだりない)となっているのが特徴であり、出雲地方の神社は概ねそうらしい。 

この注連縄とは、〆縄とか七五三縄の字も当てられ、又、「注連飾り」とも呼ばれている。 
注連縄は神聖な場所を意味するもので、俗的な世界と神聖な世界とを区別する結界の意味もあり、日本神話の天の岩戸に張った「しめくりなわ」が元祖とされている。

その起源は古事記に、「天照大神が須佐之男命の乱暴を畏れ天の岩戸に隠れた時、この岩戸の前で天宇受売命(アメノウヅメノミコト)らの神々が賑やかな宴を催した。 これを怪しんだ天照大神が覗いたところ、傍に隠れていた天手力男神(アメノタヂカラヲノカミ)がその手をとり天の岩戸から引き出だした。 そして、布刀玉命(アメノフトダマノミコト)が尻久米縄(しりくめなわ・しりくべなわ)をその後ろへ張り渡し『ここより内に戻れませぬぞ』と告げた」と書かれている。


注連」をなぜシメと読むのか・・?、
中国では、人が死んで魂が外に出たとき、戻らないように水を注いで清め、縄を連ねることを注連(ちゅうれん)といい、その縄を注連縄と読んでいたらしい。 
日本神話における「しりくめなわ」が、中国での意味の「しめくりなわ」の意味となり新たな語彙が生じたのかもしれない。


又、注連縄の別の意味合いでは、古神道でいう大自然そのものを現しているという。
大自然そのものの中心になるのが太陽であり、天である、その自然現象を表したのが「注連縄」であるという。  

横に張られた縄の部分が「」、垂れた縄が「」、神垂(紙垂)が「」とされ、その奥にくるのが神様()となり、総じて自然現象を象徴しているといわれる。 
この注連縄を祭りや祭事に付けることにより五穀豊穣に感謝する春、秋祭りの意味を持つことになる。

又、注連縄には清浄・神聖な場所を区画するための境界線としても引き渡される。 
従って神社のみならず、巨大な岩や樹木、清浄な井戸、瀧(滝)、寺院などにも掲げてることろをよく見かける。 
正月、門松とともに戸口に注連飾りを置くのも、上述の意義により家の中に悪霊を入れず、穢れ(けがれ)を去り、無病息災・家内安全を願ってのことである。 

相撲の「横綱」は土俵入りの際、紙垂のついた注連縄を化粧まわしの上につける。 
相撲界では横綱が最上位であり、穢れてはいけない神に近い存在ともされている所以である。


注連縄は、左捻り(ひだりより)を定式として三筋・五筋・七筋と、順次に藁の茎を捻り放して垂れ、その間々に紙垂(かみしで)を一般には4本下げる。 
紙垂は、御幣(ごへい)、幣束(へいそく)ともいい、ご神体(神様)を魔神、魔物から守る力があるという。

因みに、数本の藁(ひもや糸も同様)などを、より合わせて1本にするこのを捻る(よる・撚る)といい、普通、捻りと綯い(ない)は逆になる。

注連飾りには「大根締め」、「ゴボウ締め」、「輪飾り」など色々な種類の形式があるが、最も一般的な大根締めは両端がつぼまり中心部が太くなる形、そして、ゴボウ締めは片側が細太となり、一般に左側が細く右側が太くなるとされる。


又、古代、注連縄の材料である藁自体にも神が宿るといわれ、幸運を呼ぶ力があると信じられている。 
藁は神に奉げる米、稲穂を支えている芯でもあるからである。 

正月には、この藁で注連縄を飾り、小正月や孟蘭盆には藁火を焚いて先祖の霊を迎える。 
正月の注連縄は、その家が神の家であることを示し、注連縄のシメはそこを占める、占有するといった意味で、占有するのは神である。 

建物を建てる時の地鎮祭でも注連縄が張られるが、この地を神が占有し魔物を遠ざけることで、その建物も守られるという考えからきている。


次回は、「」についての考察


01. 15.

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