google.com, pub-6886053222946157, DIRECT, f08c47fec0942fa0 日本各地の美しい風土を巡ります。: 近畿地方・兵庫県神;戸 「阪神大震災・Ⅱ」

2015年8月31日月曜日

近畿地方・兵庫県神;戸 「阪神大震災・Ⅱ」






 近畿地方・兵庫県神;戸 「阪神大震災・Ⅱ」  









1.17希望の灯り;東遊園地(Wik)




元々日本は地震大国であり、日本の大型建築物は大地震にも堪えうる構造であるとされていたが、ビルやマンション、病院、鉄道の駅舎などで広範囲にわたり倒壊、全半壊が多くみられた。 

特に火災の被害が甚大であった神戸市長田区では、地震直後の火災に伴う火災旋風が確認されたが、消火活動が間に合わず、被害をより大きくする結果となった。 
西宮市においても、住宅街に面した山腹の斜面において大規模な地滑りが起こり、多くの人々が犠牲になった。


三宮駅前に林立する、所謂ペンシルビルと言われる建物は斜めになって、隣のビルに次々寄りかかるという異常な事態になり、新開地近くの金融関係のビル群は座屈、市中を走る「ハーバーハイウェイ」(阪神高速道路)が横倒しになった。 
この凄惨な震災現場は、今度の震災の大きさの象徴的場所でもある。


一方、基礎工事がしっかりしていた最近の高層ビルは、ガラス一枚割れることなく無償であり、神戸大空襲の時に焼け残った昭和初期の建物も殆どが倒壊を免れたとも言われる。
従って、この事象による差異は、ある種の建築手法による人災ではないか、とも囁かれたが・・?

いずれにしても阪神・淡路大震災は、戦後の自然災害史上では最も大きな被害をもたらし、その後の復旧・復興過程を含めた生活への影響は実に甚大でかつ非常に深いものであった。 



戦後の日本社会が経験してきた諸災害と比較しても、被災者が受けた衝撃は余りにも大きく、被害の大きさ(全半壊家屋数、人的被害の大きさ)からも、けた違いの災害であり、被災後の社会的対応という面でも、かってない規模と内容の広がりをみせ、社会的問題が一気に噴き出した。 

それに対する行政、防災関連機関をはじめとする社会のすべてのレベルにおける対応のあり方も問われたのであった。


次回は、「淡路島






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