google.com, pub-6886053222946157, DIRECT, f08c47fec0942fa0 日本各地の美しい風土を巡ります。: 平成日本紀行(201)宮津 「天の橋立・南」

2017年10月20日金曜日

平成日本紀行(201)宮津 「天の橋立・南」



「さすらいと変化を愛するものは、生ある者である。」
(ワグナー)



平成日本紀行(201)宮津 「天の橋立・南」 .





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文殊堂山門




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回旋駆動中の廻旋橋(正面道路から切り離されている)






伊根の風景を満喫し写真に収めて、来た道の国道178を折り返す。 
序に先ほどとは反対側に位置する「天橋立」の南側へ立ち寄ってみた。 

こちらは賑やかなメイン観光地らしく、北側の静けさと違ってお土産店も多く並び、人通りも多く、智恩寺という由緒ありそうな寺院もあった。 
そこの豪壮な山門の奥に「文殊堂」という本堂があった。


日本三文殊の一つだそうで文殊菩薩の霊場、智恵を授かる文殊さんとして有名で、受験や資格試験などの受験生にご利益があるという。 
文殊菩薩は、昔からの喩えで「三人寄れば文殊の知恵」でもお馴染みの知識の仏様で、普賢菩薩とともに釈迦如来の左側の脇侍をつとめ、(この三体を釈迦三尊という)単独でも広く信仰されている。 


文殊は、右手に剣を抱え、左手に知恵の象徴である蓮華経巻を持つ、そして獅子に跨った姿が一般的である。 
経巻は智慧の象徴、剣はその智慧が鋭く研ぎ澄まされている様、獅子はその智慧の勢いが盛んであることを表現しているという。
 

ところで「文殊」は実在の可能性が高いとされる菩薩だともいわれる。
智恵・理知の働きの実例として、釈迦の弟子たちの中で非常に聡明で大乗仏教の奥義にも通じていたとされる維摩居士(ゆいまこじ:維摩経)という人物がいて、彼に議論を挑んだが殆どの者が次々とやりこめられたという。 
しかしただ一人、文殊菩薩だけは対等に論議することができたという。


尚、居士(こじ)とは、出家をせずに家庭において修行を行う仏教信者の事であり、居士の語源は「家に居する士」である。 
普通の信者と異なる点は、仏教学の知識・実践において僧侶に準ずるか、或いは匹敵する程の力量を持っている修者のことである。 

日本においては、その道に通じ、奥義に達した者として居士が与えられて者もいる。 
剣豪・山岡鉄舟や仏教学者の鈴木大拙、西田幾多郎等々であり、現在でも居士号を取る程の修行を積んだ人の中には、剣道や弓道の達人がいる。 
戒名における居士号は法名の敬称の一つであるが、ただ、江戸時代には百姓農民につけるのは禁止されていたという。
 


右手の廻旋橋を渡って天の橋立へ向かう。
たまたま、観光船が通るところで、欄干を朱色に染め上げた「廻旋橋」がゆっくりと90度回転している。 
これで船の通路が確保でき、小型船(漁船)や観光船の通行が出来るようになるのである。 この観光船は対岸の一の宮・籠神社へ10数分かけて、天橋立を見物しながら往来しているらしい。

因みに、この廻旋橋を渡ったところが細長い1つの島になっていて、これを「小橋立」と称している。 
更に次の橋を渡ったところが「大橋立」といって、そこには約7000本の松の木が繁り、幅20から170mほどの砂嘴(さし)が3.3kmほど続いていて対岸の丹後一の宮・籠神社に達している。


次回も「天の橋立



01. 15.

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